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2026.05.30

【Player’s Story Vol.07】中島大嘉「俺が取るからチームが勝つ。群馬の未来は俺次第」

高さ、速さ、強さを兼ね備えたストライカーとして期待を集めた中島大嘉も今年で24歳になる。昨夏に加わり、今季は契約期間を延長したザスパ群馬で焦りを感じながらも、彼らしい言葉でここからの世界への飛躍を目指す。

「俺が取るからチームが勝つ。群馬の未来は俺次第と思うようにしている」

大逆転のサクセスストーリーを描くためにも、エースとして狙うのはゴールのみだ。


2026年5月15日、14時。日本中が注目した会見が行なわれた。

開幕が迫ったFIFAワールドカップ北中米大会に向けた日本代表メンバーが発表されたのだ。100人いれば100通りの考えがあるわけで、歴代監督の決断に賛否両論が寄せられるのは常だが、自分の名前がそこにないことを悔やむ男が、ここにもひとりいる。

中島大嘉。23歳。

森保ジャパン、いや日本代表にすら選ばれた経歴がないだけに、何を言っているんだと笑う人もいるのかもしれない。それでも彼は本気なのである。外野の声など関係ない。俺がやれると思ったらやれるんだ。そう言わんばかりに突き進むのが、中島大嘉なのである。

「いや、今は正直、焦りしかないですよ。今年でもう24(6月8日が誕生日)。本来だったら代表に入って、中心選手としてワールドカップ(以下、W杯)に出ている予定やったんで。しかもプロに入って、そこにちょっと手が届くかなって感じた時期もあった。だから、かなりの遅れを取っているなって。

でも例えば、アーセナルのビクトル・ギェケレシュ、ジローナで得点王になって、今、ローマにいるドフビク、2年前ぐらいにUEFAチャンピオンズリーグで優勝したときのレアル(マドリード)のホセルとか、彼らも遅咲きじゃないですか。20代後半や30代でヨーロッパのトップに立った。こういう選手からやっぱり勇気をもらえるんですよ。俺は今年24歳やけど、ここから点を取って、25、6歳でヨーロッパに行って、そうしたら世界のトップを狙えるんじゃないかって、うまくいっていないとき、メンタルが落ちたときにはそう考えるようにしている。

大谷翔平さん(野球)、井上尚弥さん(ボクシング)のようなスーパースターも良いですけど、学生時代は全国大会なんか出たことなく、プロに入って、初めはちょっとチヤホヤされたけど、今はJ3にいる俺のような選手がここから活躍して、世界に行って、代表入って、W杯で点を取って、ヨーロッパの5大リーグで得点王になったら、どれだけの人が俺に共感できるか。俺がこれで成功したらどんだけ世界に勇気を与えられるかって。

今の状況は、だいぶ厳しいと分かっていますよ。でも、俺が成功するか、せえへんかって、2択じゃないですか。正直50パーセント。それで実現するほうに転がったときの爆発力、世界を救う力、スーパースター力は、うまくいっていない時期があったからこそ膨れ上がっている。今はキャリーオーバーされ続けて、毎年とんでもない倍率ですよ。今当たったら、それこそ凄い」

まさに“中島節”満載である。ただ、それは自らを奮い立たせる言葉でもあり、「そう考えないとやってられへん」と苦笑いも浮かべる。

中学時代には不登校だったという壮絶な学生時代を過ごした中島は、それでも身体能力抜群のポテンシャルの塊で、長崎県の国見高校時代には粗削りながら可能性しか詰まっていないタレントとして注目された。高卒でプロ入りした北海道コンサドーレ札幌でも、その言動も相まって話題を集め、実際に2021年3月のJリーグYBCルヴァンカップでのプロ初戦で得点を取る鮮烈なデビューも果たした。

しかし、2023年夏にJ1の名古屋グランパス、2024年にJ2の藤枝MYFC、同年夏にJ2の水戸ホーリーホック、2025年の夏からJ3の群馬と期限付き移籍を繰り返すなか、周囲が期待するような結果をなかなか残せずにいる。葛藤を抱えるなか、それでも人間として成長してきた。

「コンサから名古屋に行ったときなどは、ステップアップの移籍で、もがいて、ここでまた活躍してもっと上に行こうと考えていました。うまくこなして、うまく生き抜こうみたいな想いはなくて、がむしゃらにやったなかで、周りにはいろんな先輩たちがいた。FW、特に外国人はやっぱり数字へのこだわりが強く、数字以外のところ、例えばビルドアップやポストプレーで調子が悪くても、点を取ったら今日は最高やったみたいな振る舞いをする。それほどスコアにこだわっている人たちを見てきたんで、プロとはこういう世界なんだろうなって。それに、そういう人たちが、海外で数億、10億とか稼いでいくんやろうなと。そこはやっぱり自分の1番の指標ですね。

(当時の名古屋には)ユンカーやマテウスがいて、GKはランゲラック、他にも永井謙佑さん、今、海外で活躍している森下龍矢くん、今はガンバ(大阪)の中谷(進之介)さんら、いっぱいすごい選手がいたんで、改めてプロとはこういうもんやって教えてもらいました。藤枝時代の半年は人生で特に大きな学びがありました。名古屋から藤枝に行くときには、正直、J1を含めてさまざまな選択肢があり、21か22歳になる年で、パリオリンピックの年でもあったので、初めてカテゴリーを落とした挑戦にはかなりの覚悟がありました。

ただ、コンサや名古屋で一緒にやっていた人たちは、相変わらずJ1で活躍しているのに、俺はこのままじゃオリンピックに行かれへんっていう焦りが生まれて、それでうまく対応し切れず、どんどん悪い方向に行ってしまった。

でも、あのとき、J1のクラブに行くことは、とりあえず上のカテゴリーにおったら守りに入っているような気もした。ただ、そこは美徳じゃないけど、覚悟を履き違えたかなっていう想いもあって。カテゴリーを落とすことが覚悟やと思っていたけど、まだ若くて分からないことが多かったから、代理人や周りの人の意見も聞いたうえでの決断だった。だから100パーセント自分の意志でもなかったし、自分の人生なのに誰かの視点、誰かのフィルターを通して世界を見てしまったと言うか、俺の人生なのになんかしょうもないなって思ったんです。

藤枝でうまくいっていない時期に、やっぱりあっちに行っとけば良かったって、誰かのせいにしてしまった部分があった。でもうまくいかないことを誰かのせいにするってマジで意味ないし、ダサすぎる。だから今後も決断するタイミングはいっぱいあると思うけど、すべて自分の責任で決めようと改めて思えたのは藤枝に行けたからです。だから苦しい時期ではあったけど、学びはたくさんあったし、藤枝が悪いというわけじゃなく、自分がシンプルにうまくできなかっただけで、サッカー人生では大きく躓いたけど、人間として潰しとくべき経験はできたなと思いますね」

そして多くの糧を手にしながら昨夏、札幌からの育成型期限付き移籍で加わったのがJ3で戦うザスパ群馬だった。指揮する沖田優監督は、札幌時代にコーチとして指導を受けた“父”のような存在だ。「オキさんのために」との想いは強かったが、昨季半年はけがに苦しんだ。

それでも明治安田J2・J3百年構想リーグを戦う今季は第4節のブラウブリッツ秋田戦で群馬での初得点を含む圧巻のハットトリックを記録。各メディアがこぞって取り上げたところにやはり彼の注目度の高さが窺える。話を聞いたのは第11節までを終えた4月下旬のことで、その後、第12節横浜FC戦からは7試合で3得点とより調子を上げているが、自身を冷静に分析しているのも印象深い。

「(第11節を終えて9試合で3ゴール2アシスト。チーム状況などを考えれば、そこまで悲観する必要はないけど、確実に足りない数字。ただ、チームのゴールは自分が出ている時間にすべて生まれているんです。その意味では、自己肯定感もあります。あと、栃木SC戦だったかな? スプリントで時速36.2キロを出せたんです。今まで35.8キロがマックスだったけど、これは今、Jリーグで一番速いんじゃないかな(J1の今季のトップは柏レイソルの細谷真大の時速35.4キロ)。その点でもフィジカル的にどんどん上がっている。だからネガティブな要素ばっかりじゃないけど、納得できる数字でもない。良いところも悪いところもっていう感じですかね。

本来は直感や感情でプレーしたいけど、評価する側はそうは見てくれません。結局、何が評価されるかって言ったら、やっぱり数字なんです。FWなんて特にそう。それにスピードの話もしましたが、自分ぐらい身長があって(188センチ)、足が速いというのは大きな武器。そういうのを客観的に解釈するにはデータは必要だなと。

でも、さっき話した通り、今はJ3だし、細かい成長はあるけど、ポジティブな要素はあまりない。だからと言って、ネガティブに生きても別に良いことはないし、むしろマイナスにしかならない。だから現実をしっかりと捉えて、今やるべきことに集中するのが1番かなと。そして残り試合で、二桁得点に乗せる。そうすれば、群馬も上に行けて恩返しができるし、オキさんにも喜んでもらえる。

それに正直、俺の人生は、今年どうなるかで、最終的に辿り着ける高さが決まってくると思っているんです。毎年大事って言ってきたけど、もう24歳。24って中堅ですよ⁉ 今までは期待の若手みたいに扱ってもらってきましたけど、もうそういう立場じゃない。代表や海外でバリバリにやっている選手の年齢を見ても、自分が若いって感覚はゼロですから。

1年目、2年目のときはチヤホヤされて、結構Jリーグの中心におるなって感じていた時期もありましたけど、今はJ3で何してんねん! っていう想いが強いんです。でも、漫画とかでもいるじゃないですか。初めは強かったけど、気づいたらおらんくなって、最後に強くなって戻ってくるみたいなキャラクターが。だからここから人気ランキングで1位になれたら良いんですよ。

そのためにも点を取りたい。チームがどんなスタイルであっても取らなあかん。正直どんな形でも良いんですよ。味方のシュートが顔面に当たってコースが変わって入る形でもいい。最近はチームのやり方を意識しすぎて、スピードがあるのに、背後に抜けるシーンが減っていましたけど、身長とスピードを活かさなくちゃいけないと改めて気付けたので(本当の勝負は)ここからですね。

俺が点を取ってないからチームは負けるし、俺が取るからチームが勝つ。(ブラウブリッツ)秋田戦のハットトリックも、あれぐらいいつでもできるっていう感覚はここ数年ずっとあったけど、それを出せたのはひとつの成長ですし、続けていきたい。結局、俺次第ですね、群馬の未来は。そう思うようにしているんです」

そうやってがむしゃらに前に進み続ける理由もある。守りたい人たちがいるからだ。

「俺は家族が幸せでいてくれたら良いいんですよ。親父がいないので、お母さんや3人の弟と妹のために、俺が稼がなくちゃあかん。俺が稼げなくなったときの恐怖もあるし、それが悩みだけど、最終的に俺自身が助けられているというか、あいつらが食べるのに困ってキツくなるくらいだったら、今日も頑張ろうっていう気持ちになる。それに俺はお母さんを幸せにしなくちゃいけない。それは息子として当たり前のことなので。

ただ、宝くじが当たったら、サッカーを辞めるかなって、この間、想像してみたんですよ。でも、サッカーは好きなので辞めないという結論にもなったんですけどね(笑)」

前述したようにこの話を聞いた直後の横浜FC戦でゴールを挙げるなど、得点ペースをより上げている印象だ。彼が無限大のポテンシャルをピッチで解き放ち、ゴールを量産し、群馬がカテゴリーを上げられれば、誰もが幸せになれる。中島自身、クラブの可能性も信じている。

「天然芝のピッチが2面、人工芝のコートもあって、クラブハウスもキレイ。J1でもなかなかないくらいの良い環境ですよね。そして熱いファン・サポーターもいてくれる。だからこそ結果を出せば、群馬を目指してくれる人は増えるはずで、ユースやアカデミーも強くなったら、群馬県中で愛される魅力的なチームになる。ポテンシャルはめちゃめちゃ高いし、オキさんもそういうビジョンを描いているはずなんです。『子どもたちの模範となれるチーム、プロフェッショナルになろう』って常に言っていますから」

クラブハウスでは、フランクにアカデミーの選手たちに声をかける中島の姿もある。「もっとプロっぽく憧れの存在になるべきだけど、俺はそれができない」と、友達のように後輩たちと日々、コミュニケーションをかわしているというのだ。その会話のなかで若い選手たちが学ぶことも多いに違いない。

4年後のW杯を28歳で迎える。そこで本当に日本のエースストライカーとしてピッチに立っていれば、まさに誰もが驚くサクセスストーリーである。それは同時に群馬で輝かしい結果を残し、クラブを押し上げた未来とイコールであるだろう。

「28歳から32歳が全盛期として、そこでちょうどふたつのW杯がある。そのときにもし、俺がヨーロッパのビッグクラブで、チャンピオンズリーグなどで結果を出して、リーグ得点王になっていたらバロンドールの可能性だってある。でも実は、その可能性はサッカーをやっている誰にでも存在しているわけで、その目標を口に出すかどうかはその人次第。でも言ったら恥ずかしいかもしれないけど、要は『宝くじを絶対に当てる』って言っている人と同じなんですよ。だから言ったもん勝ちのところもあるわけで。

昔、『和製・ハーランド』って言われて、いや俺は『地球製・中島大嘉』って呼ばれたいって話をしましたけど、やっぱりハーランドを『ノルウェー製・中島大嘉」と言わせるくらいになりたいですね」

そう言って冗談っぽく笑う。ここまで紙面を踊るような言葉を紡いでくれる選手は今のJリーグにそうはいない。リップサービスも大いに含んでいるが、信じる者の前にこそ道は開かれるに違いない。嘘のような大逆転のサクセスストーリー。それを見たいと願うのは私だけではないだろう。

文:本田健介

カテゴリ:INTERVIEW