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2026.05.08

【Player’s Story Vol.06】下川太陽「僕は拾ってもらった身。怖がっていたらもったいない」

2年前、トライアウトを経てザスパ群馬に加入した。だからこそ「僕は拾ってもらった身」との想いが強い。覚悟を持って臨む今シーズン、下川太陽が意識しているのはミスを恐れずに果敢にターンし、前を向き続けるプレーだ。164センチと小柄ながら挑み続ける姿は周囲に熱を伝えている。


「僕はほんまに拾ってもらった身。だから、ザスパのために全力で貢献したいっていう想いが強いです」

164センチ・63キロ、大阪府生まれの24歳。小柄ながらかつてセレッソ大阪のアカデミーなどで磨いた技術力は高く、自慢の左足と細かいタッチ、切れ味鋭いドリブルを武器に、シャドーの位置などで攻撃のテンポを上げていく。小気味良いリズムを奏でながら仕掛け、ボールを出し入れする姿は爽快で、“太陽”の名前のように周囲を照らす存在と言えるだろう。

ザスパに加入して1年目だった昨春にはJ3リーグでの100試合出場を達成した。C大阪U-18から加入したカマタマーレ讃岐で5年、研鑽を積みながら、ザスパで辿り着いたひとつの成果だ。もっともその歩みには苦しみも伴った。

「高校3年生のときに初めてJ3の試合に出させてもらい(当時C大阪U-23としてJ3に参戦)、そこからの歩みでしたが、しんどかったと言いますか、良い思い出は少なかった100試合だと感じています。讃岐でもゴールやアシストをもっと残せたら、チームを勝たせられたはずですが、なかなか目に見える結果を示せず、悩んだり苦しんだりする時間のほうが長かったです。試合に出させてもらっても自分の力不足で、悔しい想いをたくさんしてきました」

讃岐では「ゴールやアシストを重ねて、1、2年でチームをJ2に昇格させるくらいの選手になる」と目標を掲げ、高卒1年目から21試合に出場したが、「自分で打てば良いのに、自信がなく、失うのが怖くてフリーの味方を探しがちだった。今思えば、俺がゴールを決めてやるんやという気持ちが必要だった」と、5年間で1ゴールに留まり、13試合(562分)無得点だった2024年の佳境には契約満了を言い渡された。

「その年はひざのケガもあり、開幕に出遅れてしまい、コンディションも正直上がり切らない面があって、ピッチになかなか立つことができませんでした。だから、『クビになってもおかしくない』とは自分でも予想していたんです」

ただ、心のどこかでは「まだプレーさせてもらえるかもしれない、という希望も少しは持っていた」という。しかし、面談で伝えられたのはやはり「契約満了」という言葉。言われてすぐはイメージが湧かなかったため、「あ、マジか……」というのが正直な感想だったと口にしたが、本当につらいのはそこからだったという。

「シーズンが終わったのが11月末で、確かトライアウトは12月の中旬だったと思います。だから期間が空きましたし、トライアウトを受けた後もまだ時間がある。その間は所属チームがないので、『俺これからどうすればいいんやろ』『もうJリーガーとしてプレーできないのかもしれない』と考えるたびにどんどんつらくなっちゃって……。めちゃくちゃネガティブになっていました」

当時、下川は実家に帰省していたが、家族は気を遣って「なるべくサッカーの話をせずにいてくれた」という。「たまに『代理人の人とは話をしているの?』と聞かれて、『しとるで』と答えるくらいで。かなり心配してくれていたと思います」と当時を振り返る。

「実際、トライアウトの手応えは悪くなかったんです。でも、2、3日後には何か連絡をもらえると思っていましたが、電話は全然鳴らない。『もうダメかな』と思ったらすごく悔しくて……。そうしたら(トライアウトが終わって)5日目くらいに代理人から『ザスパがオファーをくれる』と、連絡をもらえたんです。もううれしくて、うれしくて。すぐに飛び起きて、走りに行きました(笑)。近くの河川敷を走りまくって、『ここからだぞ。ここから上に行く!』と決意したのをよく覚えていますね」

だからこそ、「ザスパには本当に感謝してもし切れないんです」と語る。「言い方が少し難しいんですが、『俺をクビにしたことを見返したる』っていう反骨心も芽生えつつ、同時に讃岐にも感謝しているんです。自分の闘志に火つけてくれて、つらい時期を“教えてくれた”。それに讃岐ではずっと応援してくれたファン・サポーターの方がいました。契約満了になった後も常に背中を押してくれていました。讃岐の人たちは本当に温かったですし、そういう人たちのためにも頑張りたいと感じています」。

と同時に「いつも熱く、温かい声がけをしてもらっています」とザスパのファン・サポーターに対しても感謝の言葉を口にする。だからこそ、「ここでのプレーに人生を懸けていますし、勝負の年だと思っています。『ここで結果を残さんかったら終わりやぞ』と両親からもハッパをかけてもらっているんです」とも。

そんな勝負のシーズンで、下川が意識しているのは“前を向く”ことだ。そこには強い危機感や、もう後悔をしたくないとの想いが詰まっている。

「やれることはすべてやりたいし、怖がっていたらもったいない。サッカー選手の人生って時間が限られている。だから、やることをやらな、そのまま終わっていくぞって自分に言い聞かせていますし、これまでの経験がすごく生きています」

実際に、練習では常にパスを呼び込み、果敢にターンし、ミスになっても何度も何度も仕掛ける姿がある。それが実際のゲームにもつながっているのだ。第9節からは5試合連続で先発を勝ち取り、4月4日のアウェイ・ベガルタ仙台戦ではゴールもマーク。その間、チームも今季初の連勝を果たすなど、ともに浮上のキッカケを掴もうとしている。

「試合に絡む時間も増え、手応えを感じています。身体のキレもそうですが、前を向く意識など、今は自分のやりたいプレーをある程度できるようになっている感覚ですね。あとは結果を残すためにもうひとつゴール前に入っていくシーンを増やしたいです。チームのスタイル的にも、みんなが近い距離にいてくれるので安心感があります。自分は調子が良いときは『俺にボール出してくれ』と、自分から動くことができ、そうすると自ずと相手はリアクションになる。そういう面を含めて、今のボールを失う気がしないメンタルは良い傾向ですし、逆に怖がっているときは、どうしても視野が狭くなり、パスコースも限定されてしまう。その意味では自信ってすごく大事で、練習からどれだけやれるかが、自信につながると最近すごく実感しています。

練習で強く意識しているのは改めて前を向くこと。試合で急に前を向こうとしても、練習でやっていないと難しいもので、練習からどんどん前を向く意識を高め、チャレンジするようにしています。それが今のプレーにつながっていると感じます。練習でミスをしたとしても反省し、次につなげればいい。そして試合で成功させる。その形が一番いいと考えています」

強気な姿勢には、かつて心配をかけた両親からの言葉も影響しているという。

「両親は大阪に住んでいるので、なかなか現地に来ることは難しいですが、映像で僕の試合を見てくれていて、必ず試合後に『悪かった』『良かった』とストレートなメッセージをくれるんです。二人ともサッカー経験者じゃないんですが、僕は2人からの意見はすごい大事やなと思っていて。それこそ、スタジアムにはサッカー経験者じゃない人もたくさんいるはずで、そういう人たちの目に自分のプレーはどう映っているのか、その視点も大切だと思うんです。それに両親は僕がボールを持っていないときもずっと目で追ってくれているので、なんでも分かるんでしょうね。

それでお父さんからは『もっとターンできるんちゃうか』『お前のところで1人剥がせたら一気にチャンスになるんちゃうか』って言葉をかけてもらったんです。自分のなかでも、『俺の武器はなんなのか』と今年の初めに考えたんですが、自分のプレースタイル的には前を向くことが重要だと考えたんです。そこをもう一度見つめ直して練習に臨もうと」

その姿勢をコーチ陣も温かくサポートしてくれている。

「依田さん(光正コーチ)にはターンの練習などにつき合ってもらい、オキさん(沖田優監督)からも『どんどんターンしてくれ』と言ってもらっています。(SC相模原戦が延期となり、群馬にとっての開幕戦となった)ヴァンラーレ八戸戦では途中からピッチに立ち、うまくターンすることができるなど手応えをつかめたんです。これがやっぱり自分の武器で、チームに貢献できるなと。

だからより練習もするようにしましたし、依田さんが作ってくれた乾貴士選手(ヴィッセル神戸)のターンを集めた動画集を毎回見て、試合に入ったり、自主練で依田さんと一緒に試してみたりしています。

改めて前を向くプレーって(ボールを)失うリスクも高いので、怖がってしまう部分がある。でも、これだけ練習からやっているんだから試合でもできるという自信につながっていますし、オキさんもどんどん背中を押してくれる。そうやって周囲の人たちのお陰で今の自分のプレーがあるとも思っています」

すべてはつながっている。それこそ、C大阪のアカデミー時代は藤尾翔太(FC町田ゼルビア)、西尾隆矢(C大阪)、松本凪生(サガン鳥栖)、奥村仁(アルビレックス新潟)、太田龍之介(ヴァンフォーレ甲府)ら圧倒された強烈なライバルたちに追いつきたいと、ひとつ上の兄の影響で培った負けん気を糧に、父と毎日、朝練習を繰り返すなどガムシャラに走り続けた。不慣れな左SBにも挑戦し、世代別代表にも選ばれ、高校3年時には2種登録選手として、前述のとおりJ3リーグにも出場した。

讃岐時代には先輩から送られた「どんなときもやり続けろ」との言葉を胸に、挑み続け、自らの歩みを「しんどいことが多かった」と苦笑いするが、すべてが今の下川の血となり、肉となっていることは間違いない。

かつては「夜寝るとき、次の日がメンバー外やベンチスタートだったら……と考えすぎてしまっていた」とメンタル面での貧弱さも顔を出していたが、一度は所属チームを失い、どん底から這い上がってきたからこそ、今はどんなことがあっても動じない、ひとりの人間としても逞しさを身につけられた。

サッカー小僧として、サッカーに没頭し、のめり込みすぎていた過去から学び、今は良い意味でオンとオフの切り替えもできるようになった。

すべての経験が、これからの飛躍への布石となっているのである。

「チームとして上に行きたい。そのためにも自分がゴールやアシストで貢献できたら、自ずとチームの成績も良くなる。それが目指す場所です」

GCCザスパークには、熱を発するような下川の姿がある。

「群馬の選手ってみんなすごい自主練をする。そこはやっぱり負けてられへんっていう気持ちになるし、僕も自分の武器を磨き続けます」

かつて川崎フロンターレで一時代を築いたレジェンド・中村憲剛は語っていた。

「前を向ける。それは中盤の選手にとって非常に大事で、価値が高い」

中村憲剛が主戦場にしたボランチと、中盤の高い位置では勝手は異なるだろうが、勇気と情熱が詰まった取り組みは観る人を惹きつけるはずである。その挑戦がより大きな成果につながることを願いたい。

文:本田健介

カテゴリ:INTERVIEW