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2026.02.13

THESPA TIMES Vol.07 米原秀亮インタビュー「何もできなかった1年目。『即答で受けた』キャプテン2年目」

27歳で迎えるプロ10年目。昨シーズン、松本山雅FCから加入した技巧派のボランチは、キャプテンマークを託されたが、キャリアを支え、いくつもの戦いの傷が詰まった自慢の左足首が悲鳴を上げた。悔しく、もどかしいリハビリの日々。それでも米原秀亮は新シーズンも腕章を託された。キャプテン2年目、“ザスパ群馬のために”と決意する新たな戦いが始まる。


小学生以来だというキャプテンの大役。

しかも、ザスパに加わって1年目だ。

昨季、沖田優監督から主将に指名された米原秀亮は、自らも心惹かれ、移籍の決め手となった魅惑的なスタイルの構築へ、“改革1年目”のザスパのためにすべてを捧げる覚悟だった。

しかし時に運命は残酷である。6月15日のカマタマーレ讃岐戦を境に米原の姿はピッチから消えてしまった。春先に負傷に見舞われながら、「さあここから」と復活を期していた6月、我慢し切れない痛みが米原の自慢の左足を襲ったのだった。

「昨年は一度目の離脱が4月くらいにあり、そこから2か月弱ほど休み、(先発で)3試合、再び出場できたんです。正直、自分のなかでは(前所属の)アウェーの松本戦(7月5日)に出たい気持ちがすごくあり、そこをひとつの目標にしていました。

でも、左足首はジョギングするだけでも痛くなるようになってしまって……。もうサッカーどころじゃなくなってしまったんです。僕はこれまで足首を捻る回数が多く、もう靭帯がボロボロと言いますか、捻っても腫れない状態になっていました。だから靭帯だけの問題なら痛くてもプレーできるんです。でも、今回は痛みの種類が違って。これはちょっと難しいという感覚でした。

当初の考えとしてはキャプテンでもあったので、チームのためにもシーズンの終わりまで手術は引っ張って、オフも使いながら、ハーフシーズン(明治安田J2・J3百年構想リーグ)の序盤戦に復帰できればというプランを持っていました。でもそこまで待てない状況になってしまったんです。

先輩や周囲の人たちにも相談し、『手術をするなら早く決断したほうが良い』とアドバイスをもらいました。そこでチームに迷惑をかける申し訳なさはありながら、この状態でいてもチームに貢献ができないと思い手術を決めました」

8月1日、ついに左足首にメスを入れた。クラブから発表されたリリースは「左足関節骨棘切除・靭帯修復術」。チームの調子がなかなか上がらないなかでの長期離脱……。キャプテンとしていたたまれない想いであった。

扇の要を失ったチームはその後、苦しい戦いが続く。8月末からは9戦未勝利(1分8敗)。魅惑的なスタイルを決して曲げることはなかったが、苦境だった。一緒にピッチで戦えない米原はやはり忸怩(じくじ)たる想いを抱え続けていた。

それでも、プレーできなくてもチームのために何かできることはあるはず――。キャプテンとして全員に呼びかけ2度の選手だけのミーティングを開いた。求めたのはそれぞれの意見をぶつけ合うことだった。

「ピッチで起きている現象と、外から見ている現象はどうしても異なる部分があるのでそこのギャップが一番難しかったですね。外から見て自分が感じていることをどこまで伝えるべきなのか、かなり悩みました。当初はピッチ外の選手があまり言うべきではないと、伝えないようにもしていたんです。でも勝てない時期が続き、このままだとズルズルといってしまうとの危機感が強まり、僕の思っていることを伝えるようにしました。

それこそ9戦未勝利の際には2度、選手ミーティングも開かせてもらいました。僕がミーティングをすべきか考えているときに、タツくん(小柳達司)やショウタくん(青木翔大)からも『みんなで集まって話そうよ』と言ってもらえて、実際にミーティングを開くことができました。

僕が話したのは会話の重要性ですね。自分は個人技で相手を剥がしたり、強烈なプレーをしたりできない分、周りにどうしてほしいか、常に理解してもらうようにしています。そうした互いに要求し合うことが大切なのではないかと、みんなに話をさせてもらったんです。チームメイトのことを理解できないと、それぞれの良さは活きない。そういう会話が少ないと思っていただけに、僕だけでなく、誰もが求め合う意識を持つべきだと伝えさせてもらいました。

やっぱり練習でやってきたことしか、試合では披露できないですからね。練習で互いに考えを擦り合わせれば、ゲームでやれることも増える。小さいことかもしれませんが、そういう積み重ねが、ピッチで違いを生み出せると思うんです。だからこそ、繰り返しになりますが、自分はどうしたいのか、相手はどうしてもらいたいのか。そういう会話を増やそうと話しましたし、今季もより増やしています。みんなでたくさん喋って擦り合わせられるようにしています」

そんな米原の想いも届いたのか、10月25日の奈良クラブ戦で約3か月ぶりの勝利を手にしたチームは、最終的に積み上げてきたスタイルが花開き、最終節までに6連勝を達成。そして米原にとっても待ちに待った瞬間が訪れた。

11月23日、ホーム最終戦。対戦相手は運命に導かれるように古巣の松本であった。4-2でリードしていた85分、最後の5枚目の交代カードで米原はピッチへ送り出される。約5か月ぶりの実戦復帰だった。

「個人的なリハビリは順調でした。トレーニングに復帰できたのも予定より早かったんです。手術を決めたときにもトレーナーの方とカレンダーを見ながら『ホーム最終戦が復帰戦だね』と話していたんです。それを本当に実現できたのはめちゃくちゃうれしかったですし、周りの方々に本当に感謝です。無事にピッチに戻ってこられて良かった。しかも相手は、夏にピッチで対戦できなかった松本でしたからね」

試合後には印象的な光景も広がっていた。ゴール裏でトップチーム、スタッフ、そしてアカデミー、ルミナス、チャレンジャーズの面々全員が肩を組み、ファン・サポーターと1年間の奮闘を称え合い、来シーズンへの想いをひとつにしたのだ。

「ここまでファン・サポーターと距離が近いチームはなかなかないと思います。僕もロアッソ熊本のアカデミー時代、ジュニアユース、ユースと昇格してきましたが、トップチームの最終戦では似たような形のセレモニーがありました。そのとき、僕は前に並んでいるプロの人たちの背中を見て、僕もプロになりたいと夢を持てたんです。だからこそ、去年のあのゲームでも、ザスパのアカデミーの子たちにもそう思ってもらえる瞬間があったかもしれない。それはクラブにとっても良いことだなと感じました」

その感動的なシーンを目にしながら、米原が誓ったのは沖田監督の下で攻撃的なサッカーを貫き、シーズン移行に伴う半年間の特別大会「明治安田J2・J3百年構想リーグ」で躍進し、夏からの2026/27シーズンで昇格を掴み取ること。ザスパでの1年目は悔しい経験の連続だったからこそ今季への想いは熱い。

「正直なことを言いますと、去年、6連勝した時期に比べるとチームとしてまだ足りない部分もあります。それこそオキさん(沖田監督)が求めている質、強度にはまだ届いていないですから。そこは日々、意識を高く持ち、積み上げていくしかありません。(百年構想リーグの)日程を終えたタイミングで、より力をつけ、昇格が懸かった2026/27シーズンで勝負する。試合を重ねるごとに良くなるためには、練習からやるしかないですね。

個人的な目標としては、派手なプレーではなく、味方にボールを供給し続け、ミスを減らすと言いますか、ミスをしないことが理想です。そこを目指しながら、チームとしてより質高く相手を押し込み、オキさんが求めているような複数得点を常に取って上に行きたい。そこに尽きますね。

オキさんのサッカーはかなり頭を使うので疲れますよ(笑)。特にチームの重心が高い分、ボランチはひとつタイミングを誤ってボールを失えば、大ピンチにつながりますから。そこは改めて周囲との息を合わせることが大事です。でもプレーしていてめちゃくちゃ楽しいです。相手を見ながらしっかりとボールをつないで、ゴールを目指す。相手の逆を取るなどそういう駆け引きが試合の中より起きるスタイルなので、僕は好きです。

ただプレー面も当然ながら、個人的にはまず目指したいのはケガをせず、ピッチに立ち続けること。それが一番かもしれないですね。チームとしては、試合を通して収穫や課題は必ず出てくるので、良い部分は伸ばしつつ、改善すべき部分はしっかり改善し、百年構想リーグの最終盤では“こんなに変わるのか”と驚いてもらえるような、他を圧倒できるくらいの力をつけ、次のシーズンに臨みたいです」

ちなみに、今季キャプテンの大役は継続となったが、沖田監督に話をもらう前から、新シーズンも自分がチームを引っ張りたいとの気持ちを抱えていたという。

「オキさんは僕のケガのことを心配してくれていました。やっぱりケガを抱えていると自分のことに集中させたほうが良いのでは、と気遣ってくれていたようです。だから、そういう背景も踏まえてキャンプから帰ってきたときに『今年もやってくれるか?』という形で打診をしていただきましたが、僕は元々やらせていただくつもりでした。それこそ1年目は何もできなかったですし、チームがどうすれば良いか少しずつ分かってきた段階でもあったので、『ぜひやらせてください』と即答しました」

今オフ、幾人かの選手の入れ替えがあり、チームはよりフレッシュなメンバー構成となった。

「若いっすね」

冗談っぽく今季のチームの雰囲気を口にする米原は、だからこそリーダーとしての役割がより求められることを自覚している。半年前に理想の“キャプテン像”を聞いた際には「それを答えるのが一番難しいんですよね」と苦笑いを浮かべていたが、今は明確な指標もできている。

「こういうキャラなので、いろんな選手と話して、その選手がどう感じているか、どう思っているかを把握できる存在でいたいと思います。背中でどうこうよりも、僕はそういうタイプなのかなと。だからロッカーなどで、いろんな選手とサッカー以外のことも話すようにしています。それにシーズンが始まれば、どうしても試合に出られる選手と、出られていない選手が生まれてしまう。そういうときになかなかチャンスを掴めない選手にどうアプローチするか、そういうところも大事だと思います。

僕がまだ19歳くらいのときに、熊本でキャプテンをされていた岡本(賢明)さんは膝にケガを抱え、かなりキツイ状況であったにも関わらず、自分のことだけでなく、僕ら周りの選手にアドバイスをくれました。そういう言葉ってこの歳になっても覚えているんですよね。あ、自分のことを見てくれているんだ、と安心感も生まれます。そういう振る舞いは自分にもできるかもしれない。だからこそ周りを見ながら行動したいです。

松本時代にはムラ(村山智彦)さんが誰よりも早くクラブハウスに来て、トレーニングをする姿も見てきました。キャプテンのみならずいろんな先輩の凄いところを吸収してもきたので、この歳になって今までの経験を伝えることも大事だと感じています」

チームのことを思い、悩むことはこれから何度もあるだろう。それでも27歳の米原はザスパのために戦い続ける。沖田体制の2年目、その中心には技術力に秀で、周囲を輝かせることのできる腕章を巻いた6番の姿があるに違いない。

文:本田健介

カテゴリ:INTERVIEW