【2026 Rookie’s interview Vol.05】佐藤凜弥「チームにとって欠かせない存在になりたい」

――サッカーを始めたのは何歳ぐらいですか?
佐藤凜弥(以下、佐藤) 4歳か5歳ぐらいの頃だったと思います。お父さんがプロサッカー選手だったことも影響して、気がついたらボールを蹴っていました。ただ、お父さんの現役の頃のプレーはあまり見たことはないんです。でも、「サッカー選手になりたい」という気持ちは小さい頃からありました。
――ロアッソ熊本のアカデミー出身ですが、Jクラブの育成組織を選んだのはなぜですか?
佐藤 僕は広島県で生まれて4歳で熊本県に引っ越して、高校から神奈川県で過ごしました。もともと高いレベルでサッカーをしたいという気持ちがあって、熊本にいたときに、どこが僕を育ててくれるかなと考えた結果、ロアッソに行き着いたのでセレクションを受けに行って加入しました。
――ロアッソの指導面で、今に生きていることは何かありますか?
佐藤 自分の武器はきちんと磨け、という指導方針だったと思うので、それは今に生きているかなと思います。
――高校は神奈川県の桐光学園ですが、なぜここを選んだのですか?
佐藤 文武両道の学校で、勉強もサッカーもどっちも目指していたからです。高校はスポーツクラスと一般クラスに分かれていて、サッカー部のみんなはほとんどがスポーツクラスなんですけど、僕は一般クラスに在籍していて。なかでも、学年の頭のいい人たちが集まる特進クラスに所属していて、ザスパさんからお声がけさせていただくまでは大学進学を考えていたので、受験勉強を必死に頑張っていました。

――進学を考えていた中で、プロサッカー選手への覚悟を決めたのはいつ頃だったのでしょうか?
佐藤 11月中旬頃に3日間、練習参加させていただいて、オファーを実際にいただいてからです。正直、めっちゃ悩みました。ただ、自分の目的というか、目標が「プロになる」ということはすでに固まっていましたし、大学に行って4年後にプロになれるという保証はどこにもなかったので、今なれるのであれば、なりたいと思って決めました。最近は若くしてプロになる選手も多いので、4年後というのは思いのほか長いのかなと。
――大卒でプロになったお父さんには相談したのでしょうか。
佐藤 お父さんは自分と同じスピード系の選手で、大学に行ってプロになった選手だったのですが、「4年は長かったかな」と言っていたんです。それにプロサッカー選手は意外と短命なので、背中を押してくれた感じはありましたね。
――では、オファーをいただいたときは複雑な気持ちだったのではないですか?
佐藤 正直、3年生になったからはずっとケガをしていて、1年の8割ぐらいはサッカーをしていなかったので、驚きはありました。でも、ずっと追いかけてきていた夢だったので、当然うれしかったですけど、同時に身が引き締まる思いというか、楽しみな気持ちが大きかったですね。
――さきほど、練習参加したとおっしゃっていましたが、そのときの手応えはいかがでしたか?
佐藤 自分の武器であるスピードは通用しましたし、フィジカル面でも結構やれたなと感じました。ですが、逆に技術的な部分、止める・蹴るというところはまだまだだなと感じました。やはり高校サッカーと比べると、プロの選手たちはすごかったです。紅白戦にも7分間ぐらいだけでしたけど出場させていただき、守備の強度や展開の速さが違うなと感じましたね。

――自分自身のプレーの特徴や持ち味について教えてください。
佐藤 スピードをいかしたドリブル、縦突破、背後への抜け出しが自分の武器だと考えています。なので、左のウイングやウイングバックがプレーエリアです。
――ザスパのサッカーについてはどう見ていますか?
佐藤 すごく繋ぐなあと。それにサイドにボールをつけて、サイドの選手が仕掛けるところは自分に合っているなと思いましたし、楽しそうだなと感じました。
――ちなみに憧れの選手はいますか?
佐藤 三苫薫選手です。自分とプレースタイルが似てるところもあって、ロールモデルです。頭もすごく使ってプレーされているし、憧れというか、意識している選手ですね。
――いよいよプロとしてのキャリアがスタートします。改めて意気込みを聞かせてください。
佐藤 自分が点を取ってアシストして、チームをJ2昇格に導けるような存在になれるよう頑張ります。ピッチ内だけでなく、ピッチ外でも周りから信頼されて、チームにとって欠かせない存在になれるよう頑張るので、応援よろしくお願いします!
取材・構成:広報室




